コストが投資の成否を決める、という話は当サイトでも『敗者のゲーム』の書評で扱いました。本書も同じ結論に至りますが、示し方が違います。差額を金額で見せるのではなく、「本来得られたはずのもののうち何%が消えたか」という比率で見せる。そしてその比率は時間とともに加速します。この記事ではその試算を実際に再現します。
インデックス投資は勝者のゲーム〈株式市場から利益を得る常識的方法〉
The Little Book of Common Sense Investing
| 著者 | ジョン・C・ボーグル |
|---|---|
| 訳者 | 藤原 玄 |
| 監修 | 長尾 慎太郎 |
| 出版社 | パンローリング |
| 発行 | 2018-06-03 |
| ページ数 | 334ページ |
| ISBN | 9784775972328 |
著者はインデックス・ファンドを作った人
著者はバンガードの創業者で、世界初のインデックス・ファンドを世に出した人物です。本書はその原著10周年記念版の邦訳にあたります。
議論の出発点は、エリスの『敗者のゲーム』とは違います。エリスが「プロ同士の競争ではミスが勝敗を決める」という競技の比喩から入るのに対し、ボーグルは会計の恒等式から演繹します。
投資にかかるコストを差し引く前では、市場に勝とうとすることはゼロサムゲームでしかないのだ。
— 序文
投資にかかるコストを差し引いたあとでは、市場に勝とうとすることは敗者のゲームなのである。
— 序文
投資家全体が手にするのは市場のリターンちょうどです。誰かが上回れば、必ず誰かが同じだけ下回っている。だからコスト控除前は引き分け、コストを引けば全体では必ず負ける。データの問題ではなく論理の問題だ、というのが本書の立て方です。
検証: コストの罰は時間とともに加速する
本書の第4章「複利のコストの暴虐」が、本書で最も独自性のある部分です。著者は次の試算を示します。市場リターンを年7%、ファンドのコストを年2%とし、1万ドルを50年運用する。すると市場そのものを持っていれば29万4600ドルになるのに、ファンドでは11万4700ドルにしかならない。
ここで著者が強調するのは差額そのものではなく、その差が全体に占める割合です。50年で61%が失われる、と。
同じ計算を当サイトで独立に行いました。金額を100万円に置き換え、期間を10年から50年まで振っています。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 投資額 | 100万円(一括・追加投資なし) |
| コスト控除前の年率リターン | 7.0% |
| コスト | 年2.0% |
| 計算方法 | 年複利 |
結果は次の通りです。
| 運用年数 | コストで失われた割合 | 差額 |
|---|---|---|
| 10年 | 17.2% | 34万円 |
| 20年 | 31.4% | 122万円 |
| 30年 | 43.2% | 329万円 |
| 40年 | 53% | 793万円 |
| 50年 | 61.1% | 1,799万円 |
本書が挙げる数字(10年で17%、30年で43%、50年で61%)と一致しました。 通貨も金額も変えていますが、比率は元本によらないので同じになります。本書の試算は再現できる、ということです。
なぜ加速するのか
注目すべきはグラフの形です。毀損率は直線ではなく、時間とともに立ち上がっていく曲線を描きます。
理由は単純で、コストは毎年「その時点の資産」に対してかかるからです。資産が複利で増えるほど、同じ2%でも取られる絶対額が増える。しかも取られた分は将来の複利から永久に外れます。差額を見ると、10年で34万円だったものが、50年では1,799万円になっています。
著者はこれを一文で言い切ります。
リターンについては時間が友となるが、コストについては敵になる。
— 第4章
投資の分野では、時がすべてを解決するのではない。すべてを悪化させるのだ。
— 第4章
自分の数字で試す
実験本文の数値は固定です。ここで変えても記事の結論は変わりません。「記事の前提」と「あなたの条件」を並べて表示します。
| 項目 | 記事の前提 | あなたの条件 |
|---|---|---|
| コストなし | 2,946万円 | 2,946万円 |
| コストあり | 1,147万円 | 1,147万円 |
| 毀損率 | 61.1% | 61.1% |
元本100万円の一括投資・追加投資なしで計算しています。決定論的な計算なので、同じ条件なら何度でも同じ値になります。
期間・コスト率・想定リターンを変えて試せます(本文の数値は50年・年2.0%・年7.0%のまま固定です)。コスト率を下げるより、期間を延ばすほうが毀損率が上がることに気づくと思います。若いうちに低コストを選ぶ意味はここにあります。
「増えた分」で見るともっと重い
上の毀損率は、本書と同じ「コストが無ければ得られたはずの最終資産に対する割合」です。元本も含めた金額に対する比率なので、実は控えめな見方です。
元本を除いた「運用で増えた分」だけで見ると、50年での毀損率は63.2%になります。自分が出した元本はそのまま残るとして、増えるはずだった分の6割以上が消えているという言い方のほうが実感に近いかもしれません。
著者はこの不公平を、資本とリスクの負担者が誰かという観点から書いています。投資家は資本を100%出し、リスクを100%引き受けている。それなのに受け取るのは半分以下だ、と。
既存の記事との関係
当サイトの『敗者のゲーム』の書評では、月3万円を30年積み立てて信託報酬が年0.1%と年1.5%で違う場合を比較し、差が630万円になることを示しました。
同じコストの話ですが、見せ方が違います。あちらは積立・30年・差額を金額で。こちらは一括・50年・比率で、しかも時間による加速を見せる。どちらが正しいということはなく、同じ現象の別の断面です。金額で言われるとピンとこない人には比率のほうが、比率で言われると他人事に感じる人には金額のほうが効くと思います。
本書のもう一つの柱: 投資家は自分でリターンを削っている
コストだけが問題ではない、というのが第7章です。ファンドが公表するリターンと、投資家が実際に手にするリターンは違う。投資家は好調な後に買い、不調な後に売るからです。
本書が挙げる過去25年の数字は次の通りです。
- S&P500指数のリターン: 年9.1%
- 平均的な株式投資信託: 年7.8%
- 平均的なファンド投資家: 年6.3%
指数とファンドの差1.3%がコスト。そしてファンドと投資家の差1.5%が、買い方の下手さということになります。
軽率な楽観主義と欲に刺激され、投信販売業者の巧みな誘惑にそそのかされることで、投資家は強気相場の高値で株式ファンドに資金を投じるのである。
— 第7章
裏づけとして、1990年の株式ファンドへの資金流入が180億ドルだったのに対し、相場の天井だった1999年から2000年には4200億ドルに膨らんだことを挙げています。
この部分は当サイトでは検証できません。 投資家が実際にいつ買っていつ売ったかというデータが必要で、シミュレーションでは再現できないからです。ただ、積立という買い方が「高値でまとめて買う」を構造的に避ける仕組みであることは、一括投資と積立を比較した実験からも読み取れます。
日本の読者が補って読むところ
- 税金の章はそのまま使えません。 第8章は米国の連邦税が前提です。日本では20.315%とNISAに置き換える必要があります。本書が「税金もコストである」として回転率の高さを問題にしている論点自体は、日本でも同じように効きます。
- 「債券の割合は年齢と同じ」という経験則が第19章に出てきます。マルキールの書評で検証した通り、日本の国内債券の利回り前提ではこの簡便法はそのまま使えません。なお著者自身も「経験則以上のものではなく、あくまで投資家が考えを巡らせるキッカケ」と限定しています。
- 本書には参考文献目録がありません。 引用やデータの出典は著者のウェブサイトを参照するように、と序文の注記で案内されています。データの検証可能性を重視する立場からは物足りない点です。
この記事の限界
- 上の計算はコストだけを変えた比較です。実際のアクティブ・ファンドが市場と同じ値動きをする保証はありません。
- 年7.0%という前提は本書に合わせたもので、当サイトの想定値でも将来の保証でもありません。
- 一括投資・追加投資なしという条件も本書に合わせています。積立の場合は拠出のタイミングが分散するため、同じ期間でも毀損率は変わります。
- 本書の数値は原著10周年記念版(2017年)時点の米国のものです。
出典
- ジョン・C・ボーグル著、長尾慎太郎監修、藤原玄訳『インデックス投資は勝者のゲーム 株式市場から利益を得る常識的方法』パンローリング、2018年6月3日、ISBN 9784775972328 — 本文中の引用・数値の出典(出版社の書籍ページ)
- データの透明性レポート — 当サイトの想定値とその根拠
- 積立実験室の計算方法 — 当サイトの計算の仕組み