「相場が下がりそうなときだけ避けておけばいい」という考えに対して、投資の古典が繰り返し持ち出す反論があります。上昇は少数の期間に集中しているので、そこに居合わせないとリターンのほとんどが消える、というものです。
この記事では、米国株の155.5年ぶんの実績を実際に起きた順番のまま使って、その主張を確かめます。結論を先に書くと、主張の中核は実データで確かめられました。ただし同時に、この論法には気をつけるべき点が3つあります。
2冊の本が言っていること
チャールズ・エリス『敗者のゲーム』第3章は、この現象に名前を付けています。
投資家は、「稲妻が輝く瞬間」に市場に居合わせなければならないということだ。相場のタイミングに賭ける投資は間違っており、決して考えてはいけない。
— 第3章
エリスが根拠として挙げるのは、28年間でもっとも上昇したベスト10日(期間全体の0.25%未満)を逃すと年平均リターンが11.1%から8.6%に下がり、ベスト30日を逃すと5.5%に半減する、という数字です。
バートン・マルキール『ウォール街のランダム・ウォーカー』第6章も、別の研究を引く形で同じことを述べています。
ミシガン大学のH・ネガット・セイバン教授は、一九六〇年代半ばから九〇年代半ばまでの三〇年間に起こった大きな上げ相場の九五%が、この期間の約七五〇〇取引日のうちのたった九〇取引日に起こったことを確かめている。
— 第6章(マルキールが引用しているセイバン教授の研究であり、マルキール自身の分析ではありません)
どちらも日単位の話です。当サイトが持っている米国株の実績は月単位なので、この数字そのものを再現することはできません。
ところが、エリスは同じ第3章で月単位の主張もしています。こちらは追試できます。
本書の月単位の主張を追試する
S&P500指数のデータを使って過去75年間という長期間分析した結果を見ると、この間の株式リターンの大部分は、上昇率のベスト60カ月間(900カ月という長期間のわずか7%だが)に達成されているという。(中略)もし私たちがこのベストの上昇月を逃したら、まるまる二世代という長期間にわたって蓄積される利益のほとんどを失ってしまうということだ。
— 第3章(エリスが別の分析を紹介している箇所)
同じ長さの期間で試します。米国株の直近900ヶ月(75年)を取り、上昇率の高かった60ヶ月だけ市場の外にいた場合を計算しました。
| 年率 | |
|---|---|
| ずっと持ち続けた場合 | 7.62% |
| 上位60ヶ月を逃した場合 | 2.13% |
逃した60ヶ月は期間全体の6.67%にあたります。そして、この60ヶ月を逃すと、75年かけて得られた利益の98.43%が消えます。ほとんど残りません。
エリスの言う「利益のほとんどを失う」は、期間も対象も違うデータで、そのまま再現しました。
期間をもっと長く取ると
同じことを155.5年(1,866ヶ月)に広げます。逃す月数はぐっと減らして10ヶ月、期間全体の0.54%だけです。
| 逃した月数 | 年率 | ワーストを逃した場合の年率 |
|---|---|---|
| 0ヶ月 | 7.1% | 7.1% |
| 10ヶ月 | 5.94% | 8.45% |
| 20ヶ月 | 5.29% | 9.35% |
| 30ヶ月 | 4.74% | 10.13% |
全体は1,866ヶ月あります。そのうちわずか10ヶ月を逃すだけで、年率は7.1%から5.94%に落ちます。金額で見ると、この10ヶ月に155.5年ぶんの利益の81.57%が乗っていた計算です。わずか10ヶ月です。
円建てでも向きは変わりません。為替が手に入る1971年以降の55.5年で見ると、年率9.6%が、上位10ヶ月を逃すと7.49%になります。
稲妻が光ったのはいつか
「上位10ヶ月」と言われても、それがいつだったのかが分からなければ実感が湧きません。実際の年月です。データは1871年1月〜2026年7月ぶんを使っています。
| 順位 | 年月 | 騰落率 | そのころ何があったか |
|---|---|---|---|
| 1 | 1932年8月 | +52.4% | 大恐慌のさなか |
| 2 | 1933年5月 | +29.3% | 大恐慌の谷を過ぎたところ |
| 3 | 1938年7月 | +20.5% | 1937年の景気後退の谷を過ぎたところ |
| 4 | 1933年6月 | +16.7% | 大恐慌の谷を過ぎたところ |
| 5 | 1938年10月 | +12.4% | 1937年の景気後退の谷を過ぎたところ |
| 6 | 2009年4月 | +12.0% | 世界金融危機のさなか |
| 7 | 1982年9月 | +11.9% | 1981年の景気後退のさなか |
| 8 | 1877年8月 | +11.9% | — |
| 9 | 1898年6月 | +11.6% | — |
| 10 | 1991年2月 | +11.4% | 湾岸戦争の地上戦が終結 |
上位5つがすべて戦前です。 1位の1932年8月は1ヶ月で+52.4%、2位の1933年5月が+29.3%。この規模の月は、その後90年以上ひとつも出ていません。
そして1位は不況が明けてから来たのではありません。 1932年8月は大恐慌のさなかです(景気の谷は翌1933年3月)。史上最大の上げ月は、まだ景気が底を打つ前に来ていました。
では最近はどうだったのか。同じことを直近28年で切ると、顔ぶれは総入れ替わりになります。
| 順位 | 年月 | 騰落率 | そのころ何があったか |
|---|---|---|---|
| 1 | 2009年4月 | +12.0% | 世界金融危機のさなか |
| 2 | 1998年11月 | +11.0% | — |
| 3 | 2025年5月 | +8.1% | — |
| 4 | 2009年8月 | +7.9% | 世界金融危機の谷を過ぎたところ |
| 5 | 1999年11月 | +7.0% | — |
| 6 | 2002年11月 | +6.6% | — |
| 7 | 2022年8月 | +6.5% | — |
| 8 | 2001年5月 | +6.4% | ITバブル崩壊のさなか |
| 9 | 2009年5月 | +6.3% | 世界金融危機のさなか |
| 10 | 2014年11月 | +6.3% | — |
最大でも+12%です。 155年の1位(+52.4%)の4分の1にも届きません。「稲妻」と呼ばれる月の激しさ自体が、どの期間を切り取るかで大きく変わる——この点は注意点3でもう一度扱います。
注意点1: 稲妻は暴落の直後に光る
上の表を見ると、この論法の本当の意味がわかります。155.5年の上位10ヶ月のうち6ヶ月は、下落率ワースト30ヶ月のどれかと同じ年か、その翌年に来ています。
これが偶然でないことは、基準線と比べると分かります。「ワースト30ヶ月と同じ年か翌年」に当てはまる年は、155年のうち22%しかありません。でたらめに10ヶ月選んだときの期待値がその割合ぶんしかないところ、実際には6ヶ月が該当しています。
下がった側の10ヶ月を並べると、この重なりが目で見えます。
| 順位 | 年月 | 騰落率 | そのころ何があったか |
|---|---|---|---|
| 1 | 1929年11月 | -26.2% | ニューヨーク株式市場の暴落(前月) |
| 2 | 1932年4月 | -22.7% | 大恐慌のさなか |
| 3 | 2008年10月 | -19.4% | リーマン・ブラザーズが破綻(前月) |
| 4 | 2020年3月 | -18.7% | WHO がパンデミックを宣言 |
| 5 | 1931年12月 | -17.5% | 大恐慌のさなか |
| 6 | 1946年9月 | -15.3% | — |
| 7 | 1937年9月 | -14.4% | 1937年の景気後退のさなか |
| 8 | 1937年10月 | -14.1% | 1937年の景気後退のさなか |
| 9 | 1931年9月 | -13.8% | 英国が金本位制を離脱 |
| 10 | 1940年5月 | -13.3% | ドイツ軍が西方へ侵攻 |
この表に1987年10月(ブラックマンデー)が入っていないのは、データの作り方によるものです。 月次の株価は日次終値の月中平均なので、月内で急落して月内に戻した月は下落幅が小さく出ます。終値ベースならこの月は上位に入ります。上下どちらの表も、順位そのものではなく上と下が同じ数年間に固まっていることを見るためのものとして読んでください。
2つの表を見比べてください。1932年は下落側の2位と上昇側の1位を同じ年に持っています。 2008年10月の暴落と2009年4月の急騰は半年しか離れていません。最悪の月と最高の月は、別の時代に散らばっているのではなく同じ数年間に固まっています。
もうひとつ、表に出てこないことも同じくらい重要です。リーマン・ブラザーズの破綻もコロナショックも、下落側にはありますが上昇側にはありません。 ただしコロナショックについては、ここで使っている月次データでは順位を論じられません。この系列の月次の株価は日次終値の月中平均なので、2020年3月の急落と4月の急反発が互いの平均に食い込み、4月の上げが小さく出ます(当サイトのデータでは5%・163位ですが、終値ベースの4月の上昇率はこれよりずっと大きく、順位も上位に入ります)。V字回復が上位に入るかどうかは、このデータでは判定できないというのが正確なところです。
なお、この比べ方が使えるのは期間が長いあいだだけです。直近28年で同じことをすると、基準線が83%まで上がってしまい、上位月がそこに入るのは当たり前になります。短い窓でこの主張をしても、何も言っていないのと同じです。
つまり、最高の月を逃す人というのは、平穏なときにたまたま休んでいた人ではありません。下げ相場に耐えられずに降りた人です。エリスが「激しい下げ相場に遭遇してパニックに陥り、最大の上げ相場に参加する機会を自ら放棄してしまう」と書いているのは、まさにこの構造を指しています。
この主張は「タイミングを当てるのは難しい」という一般論よりも、ずっと具体的です。危ないのは、いちばん売りたくなるときに売ることです。
注意点2: 「最高の月だけを逃す」は誰にも起きない
ここからは本の側に対する留保です。
「上位10ヶ月だけを逃す」という仮定は、現実には成立しません。相場から降りている人は、上がる月も下がる月も同じように逃しています。上の表の右列がその対称形です——最悪の10ヶ月だけを逃せた場合、年率は8.45%に上がります。上振れの幅は、下振れの幅と同じくらい大きい。
つまりこの計算が示しているのは、「タイミングを計ると必ず損をする」ではなく、「タイミングを計ると結果の振れ幅が非常に大きくなる」ということです。片側だけを見せられると前者に見えますが、データが言えるのは後者までです。
上のグラフで、下に落ちる線と上に伸びる線がほぼ対称に開いていくのは、そのためです。
注意点3: 「ごく一部」かどうかは期間しだい
もう1つ、数字の見せ方の問題があります。
エリスの「ベスト10日は期間全体の0.25%未満」という但し書きは、この論法の要です。ごく一部を逃すだけで壊滅するから驚きがある。ところが期間を短く切ると、同じ月数でも「一部」ではなくなります。
| 期間 | 30ヶ月が期間に占める割合 | 30ヶ月を逃したときの年率 |
|---|---|---|
| 155.5年 | 1.61% | 7.1% → 4.74% |
| 27.92年 | 8.96% | 6.35% → -0.25% |
期間を27.92年に区切れば、30ヶ月を逃すと年率はほぼ消えます。数字としては劇的です。しかしその30ヶ月は期間の8.96%を占めており、もう「ごく一部」ではありません。劇的さのかなりの部分は、期間の切り方から来ています。
逆に155.5年で見ると、30ヶ月を逃しても年率は4.74%で、半分にはなりません。それでも十分に大きな差ですが、本の数字ほどの破壊力ではない。主張の強さを比べるときは、逃す期間の長さではなく割合を見るべきです。
自分の数字で試す
実験本文の数値は固定です。ここで変えても記事の結論は変わりません。「記事の前提」と「あなたの条件」を並べて表示します。
| 項目 | 記事の前提 | あなたの条件 |
|---|---|---|
| 対象期間 | 1871年〜(—年) | 1871年〜(155.5年) |
| ずっと持ち続けた場合 | 7.10% | 7.10% |
| 最も上がった月を逃した場合 | 5.94%(10ヶ月) | 5.94%(10ヶ月) |
| 最も下がった月を逃した場合 | 8.45%(10ヶ月) | 8.45%(10ヶ月) |
「記事の前提」の列とグレーの線は1871年から・10ヶ月を逃した場合で固定です。縦の破線がいま選んでいる月数。年率は物価調整後・米ドル建て。
開始年と逃す月数を変えて確かめられます(本文の数値は1871年から・10ヶ月のまま固定です)。始めた年をずらすだけで景色がかなり変わることがわかると思います。
結局どうすればいいのか
この計算から素直に出てくる結論は1つです。上げ下げに合わせて出たり入ったりしない。
上位の月がいつ来るかは事前にわかりません。しかもそれは、いちばん怖い局面の直後に来ます。当サイトの積立実験室のように毎月一定額を投じ続ける形は、この問題を意思決定から外してしまう点で理にかなっています。
一方で、「逃したら壊滅する」という言い方に脅かされる必要もありません。逃すのはたいてい下げ相場のあとであり、そのときは下げのほうも一緒に逃しています。問題はリターンが必ず下がることではなく、自分では制御できない振れ幅を抱え込むことです。
この記事の限界
- 本書が扱っているのは日単位、この記事は月単位です。日単位の株価指数は利用条件の制約で当サイトが持てないため、同じ数値にはなりません。上昇の集中は日単位のほうが強く出ると考えられるので、ここでの数字は本書より控えめに出ている可能性があります。
- 対象は米国株のみです。日本株は含みません。米国株はこの150年で世界的に見て成功した市場であり、同じ結果が他の市場で成り立つ保証はありません。
- 月次の株価は、その月の日次終値の平均です。 月末の値ではありません(元データである Shiller のデータセットがそう作られています)。155年の年率リターンのような長期の集計にはほとんど効きませんが、単月の騰落率はこの作り方の影響を受けます。上の順位表の数字が終値ベースで引用される値と食い違うのはこのためで、急落・急騰した月ほど差が大きくなります(10ポイント近くになる月もあります)。順位そのものは、この作り方に依存していると考えてください。
- 米ドル建ての数値は物価調整後(配当は再投資したものとして計算)です。円建ての数値は物価調整をしていないため、両者を直接比べることはできません。
- 「その月だけ市場の外にいた」場合の待機資金には利息を付けていません。実際には現金にも金利が付きます。
- 「最も上がった月だけを逃す」「最も下がった月だけを逃す」は、いずれも結果を知ったうえで振り返る思考実験です。誰かの実際の行動を表したものではありません。
- 税金・売買手数料は考慮していません。実際に出たり入ったりすれば、そのたびに課税と手数料が発生し、結果はさらに悪くなります。
- 表の「そのころ何があったか」は、価格データから導いたものではありません。 景気後退期は NBER が公表している米国の公式な日付で機械的に判定していますが、出来事の名前は一般に使われている呼び方です。空欄は、呼称が定まらない月と、景気後退期のデータを1920年以降しか持っていないためにそもそも判定していない月の両方です(1920年より前の月は、実際には景気後退期でも空欄になります)。
- 過去にこうだったというだけです。 将来も同じ形で上昇が集中する保証はありません。実際に起きた1つの並び順から言えることには限りがあります。
出典
- チャールズ・エリス著、鹿毛雄二訳『敗者のゲーム〈原著第6版〉』日本経済新聞出版、2015年1月27日、ISBN 9784532356286(出版社の書籍ページ)
- バートン・マルキール著、井手正介訳『ウォール街のランダム・ウォーカー〈原著第12版〉株式投資の不滅の真理』日本経済新聞出版、2019年7月23日、ISBN 9784532358235(出版社の書籍ページ)
- Robert J. Shiller, U.S. Stock Markets 1871-Present and CAPE Ratio(shillerdata.com) — 米国株の月次データ
- Board of Governors of the Federal Reserve System, EXJPUS(FRED) — 米ドル/円の月次レート
- NBER, US Business Cycle Expansions and Contractions — 表の「そのころ何があったか」で使っている景気後退期の月次日付
- 【書評】敗者のゲーム — 本書のコスト論の検証
- 【書評】ウォール街のランダム・ウォーカー — 本書の資産配分の検証
- データの透明性レポート — 当サイトが使っているデータとその根拠