積立期の実験は、当サイトでも何度もやってきました。今回は逆側、つまり貯めた資産を取り崩していく退職後の実験です。退職時資産3,000万円を25年間、毎年定額で取り崩す。その途中、取り崩しを始めた直後にリーマン・ショック級の暴落が来たら、資産は何年もつのか——ライフプラン実験室で確かめました。
これは実験ノートです。数値はすべて実際にシミュレーターを動かして得た実測値です。今回使うのはライフプラン実験室の決定論エンジン(毎年きっかり期待リターン通りに成長するモデル)なので、モンテカルロ実験と違い、同じ設定なら誰がやってもまったく同じ数値が再現できます。
2026年8月15日の訂正: 公開時のシミュレーターは、特定口座の取り崩しで生じる税金を計算に含めていましたが、その税額を資産から差し引いていませんでした。修正した結果、本記事の残高はいずれも公開時より小さくなっています(たとえば4%で25年を完走した場合の残高は916万円→737万円)。結論——資産寿命を決めるのは配分よりも取り崩し率——は変わっていません。あわせて、公開時は計算に含めていなかった信託報酬(保有中ずっとかかる年間コスト)も含めるようにしたため、資産額はさらに1〜2%下がっています。
2026年8月17日の訂正: 上の修正にはまだ漏れがありました。売却したあとに残る資産が少ないと、その年の税金を払いきれない分が資産から差し引かれないままになっていました。修正した結果、暴落シナリオの残高と資産寿命がさらにわずかに厳しくなっています(4%で25年を完走した場合の残高は737万円→681万円)。結論は変わっていません。
2026年8月30日の訂正: 暴落時の資産別の影響度を、これまで「下がる方向にしか動かない」ものとして扱っていました。実際には金融危機のさなかに債券が買われて上がることがあり(質への逃避)、当サイトが参照している危機データにもそう記録されているのに、その分が計算に反映されていませんでした。修正した結果、債券を含む配分の資産寿命と残高がわずかに改善しています(4%で25年を完走した場合の残高は681万円→729万円)。あわせて、実験Aの効き方の説明を書き直しました——毎年のリバランスは枯渇年を動かさない、としていましたが、修正後は1年延びます。結論——資産寿命を決めるのは配分よりも取り崩し率——は変わっていません。
まず結論のグラフです。取り崩し率を下げていくと資産寿命がどう延びるか——暴落を食らっても、取り崩しを初期資産の4%まで下げれば25年を完走できます。逆に6%では17年目で資産が尽きます。何が資産寿命を決めるのかを、以下の2つの実験で分解していきます。
実験の背景 — 積立期の暴落と取り崩し期の暴落は別物
積立期の暴落は、よく「安く買えるチャンス」と言われます。実際、毎月の買付額が同じなら、安いときほど多くの口数が買えるからです。
しかし取り崩し期は逆です。生活費のために毎年決まった金額を売却するので、暴落で価格が半分になれば、同じ金額を得るために2倍の口数を売らされます。安値で手放した口数は、その後市場が回復しても戻ってきません。同じ「株式マイナス50%」でも、積立期と取り崩し期では意味がまったく違うのです。
この「リターンがやってくる順番」によって結果が変わってしまう問題は、シーケンス・オブ・リターン・リスク(収益順序リスク)と呼ばれます。とくに危険なのは、取り崩しを始めた直後の暴落です。残り年数が長いほど、失われた口数の複利分がまるごと消えるからです。今回はあえて、この最悪に近いタイミング——取り崩し開始2年目——に暴落を置いて実験します。
実験条件
| 項目 | 設定内容 |
|---|---|
| 退職時資産 | 3,000万円 |
| 取り崩し期間 | 25年間、毎年定額 |
| 計算エンジン | ライフプラン実験室の決定論エンジン(毎年きっかり期待リターン通りに成長) |
| 想定値 | 当サイト独自の想定値(データの透明性レポート参照) |
| ショックシナリオ | 「リーマン・ショック級」を取り崩し開始2年目に発生 |
ショックシナリオの中身は、株式がマイナス50%、そこから3年かけて段階的に回復するという当サイトの近似モデルです。影響は資産クラス別に異なり、国内債券は無傷どころかわずかに上がる設定です(金融危機のさなかに国債が買われる「質への逃避」を、参照している危機データがそう記録しているため)。この「株が半分になっても債券は生き残る」という性質が、後半の実験で効いてきます(資産クラス間の値動きの違いについては分散投資と相関の解説もご覧ください)。
実験A — 資産配分を変えると、資産は何年もつか
まず、取り崩し額を年180万円(初期資産の6%、月15万円)に固定し、資産配分だけを変えます。
| シナリオ | ショックなし | 2年目にリーマン級ショック |
|---|---|---|
| 先進国株式100% | 25年後 3,029万円 | 12年目に枯渇 |
| 株60% / 債40%(リバランスなし) | 25年後 881万円 | 16年目に枯渇 |
| 株60% / 債40% + 毎年リバランス | — | 17年目に枯渇 |
| 株50% / 債40% / 現金10% + リバランス | — | 17年目に枯渇 |
株式100%は「平時は最強、暴落が来ると十数年」
ショックがなければ、株式100%は取り崩しながらでも資産を3,029万円まで増やしています。年180万円引き出してもなお、期待リターンが取り崩しを上回るからです。
ところが2年目に暴落が来ると、同じポートフォリオが12年目に枯渇します。半減した資産から毎年180万円を売り続けると、回復を待つ体力そのものが先に尽きるのです。上振れの大きさと引き換えの脆さが、これほど極端な形で出ました。
配分の工夫は数年の延命にとどまる
株60/債40にすると枯渇は16年目まで延びます。ほぼ無傷で残った債券部分が、暴落中の取り崩しの「引き出し元」として機能するからです。さらに毎年リバランスを加えると17年目、現金10%のクッションを足すと17年目。
たしかに延びてはいます。ただし効き方には差があります。株式100%から60/40へ移すこと自体は4年の延命になりますが、その上に毎年のリバランスと現金10%のクッションまで積み上げて稼げるのは、合わせて1年にとどまります。配分をいじる工夫は、足せば足すほど効くというものではないということです。そして誠実に言えば、どれも25年にはまったく届きません。配分の工夫やリバランス(仕組みはリバランスの解説参照)はリスク管理として意味がありますが、取り崩し開始直後の暴落そのものからポートフォリオを守り切ってはくれない、というのが実験Aの結果です。
実験B — 取り崩し率を変えると、何が起きるか
では何が効くのか。今度は配分を株60% / 債40% + 毎年リバランスに固定し、取り崩し額のほうを変えます。
| 年間取り崩し額(初期資産比) | ショックなし | 2年目にリーマン級ショック |
|---|---|---|
| 180万円(6.0%) | 25年後 455万円 | 17年目に枯渇 |
| 150万円(5.0%) | 25年後 1,990万円 | 22年目に枯渇 |
| 120万円(4.0%) | 25年後 3,525万円 | 25年後 729万円(生き残る) |
| 90万円(3.0%) | 25年後 5,060万円 | 25年後 2,161万円 |
(表の読み方の注意: 実験Aの「株60/債40」行はリバランスなしなのでショックなし881万円、この表の180万円行はリバランスありなので455万円と、条件が異なるため最終値も異なります。混同しないでください。)
結果は劇的でした。取り崩し額を180万円から120万円へ、率にして6%から4%に下げるだけで、「17年目に枯渇」が「25年間生き残る」に変わります。150万円(5%)ではまだ22年目で枯渇するので、この実験の条件では生死の境目は5%と4%の間にありました。3%まで下げれば、暴落を食らってもなお25年後に2,161万円が残ります。
取り崩し率の話題では「4%ルール」という通称を聞いたことがある方も多いと思います。この実験でも境目は4%前後に現れましたが、これを4%ルールの裏付けと受け取らないでください。 本実験はばらつきのない決定論的な計算なので、境目が出る位置は期待リターンと取り崩し率の算術で決まります。一方、4%ルールが答えようとしているのは「相場が上下する中で、資産が尽きない確率はどれくらいか」という別の問いです。その問いに答える実験はFIREの種類を整理する記事と、米国株155年の実績で開始月を総当たりした4%ルールの検証にあります。
考察 — 取り崩し期の防御の本丸は「率の設計」
2つの実験を並べると、構図がはっきりします。
- 配分の工夫(実験A): 枯渇16年目 → 17年目 → 17年目。毎年のリバランスで1年延びますが、そこに現金10%のクッションまで積んでも、それ以上は動きません。
- 取り崩し率の引き下げ(実験B): 枯渇17年目 → 22年目 → 25年完走。桁が違う。
取り崩し期のリスク管理というと資産配分の議論になりがちですが、この実験が示すのは、本丸は配分の微調整ではなく取り崩し率の設計だということです。
そしてもうひとつ。今回の実験では取り崩し額を「毎年定額」に固定しましたが、現実の生活ではここに柔軟性を持たせられます。暴落の年だけ取り崩しを一時的に絞る——たとえば生活費の一部を年金や手元の現金で賄い、安値での売却を減らす——ことができれば、それは実験Bで見た「率を下げる」効果を、必要な数年間だけ手に入れることに相当します。暴落時に取り崩し額を絞れる柔軟性こそが、取り崩し期の実質的な防御だと言えそうです。
なお、退職後の取り崩しに入る前の、現役期30年の積立側の実験は姉妹記事の【実験】ライフプラン30年で報告しています。あわせてお読みください。
この実験の限界
実験ノートとして、この検証にできていないことを正直に書きます。
- 決定論的計算+単一のショックシナリオです。 暴落は「2年目に1回」に固定しており、確率分布を調べたわけではありません。ショックの時期が遅ければ——たとえば20年目なら——結果はまったく変わります。取り崩し開始直後という最悪に近いケースを切り出した実験だと理解してください。
- 回復パターンは近似モデルです。 「3年で段階的に回復」は当サイトの近似であり、実際の暴落からの回復は毎回異なります。もっと長引くことも、もっと早いこともあります。
- 取り崩し額は税引前・定額です。 特定口座の売却益にかかる税金は計算に含めて資産から差し引いていますが、引き出す金額そのものは毎年同額で、生活費の変動やインフレは織り込んでいません。損失の繰越控除も未対応です。
- この1本の線は「平均的な経路」であって、よくある結果ではありません。 決定論エンジンは毎年きっかり期待リターン通りに増やすため、上下のばらつきがまったく入りません。実際には同じ前提でも、これより良い年・悪い年の並び方によって結果は大きく散らばります。とくに「4%なら完走できた」は、ばらつきを考えない場合の話です。ばらつきを入れて成功確率を出した実験はFIREの種類を整理する記事にあり、そちらでは4%の取り崩しでも40年で失敗する経路が相当数出ています。記事どうしの数字が食い違って見えるのは、この違いによるものです。 想定値を置かずに実際に起きた相場で数えた結果は4%ルールの検証にあり、3本の数字がなぜ違うのかはそちらで整理しています。
- 当サイトの想定値は将来を保証しません。 期待リターンの前提を変えれば、枯渇年も生死の境目も動きます。
あなたの条件で再実験してください
この実験はライフプラン実験室で、ショックシナリオ(リーマン・ショック級、発生年を指定)と定期売却(毎年の取り崩し額)を設定するだけで再現できます。決定論エンジンなので、同じ設定を入れれば本記事とまったく同じ数値が出ます。退職時資産、取り崩し額、資産配分、ショックの発生年を自分の条件に変えて、あなた自身の「境目」を探してみてください。計算の仕組みは計算方法の解説で公開しています。
出典
- データの透明性レポート — 本実験で使用した期待リターン・リスク・相関の想定値(当サイト独自の想定値)とその根拠
- 積立実験室の計算方法 — 計算エンジンとショックシナリオのモデルの詳細
- GPIF「基本ポートフォリオの考え方」 — 当サイト想定値の主要な参考資料