初版が1973年、そこから50年以上にわたって改訂され続けている本です。この記事では本書の骨格を整理したうえで、第14章にある「債券の組み入れ比率を自分の年齢と同程度にする」という有名な簡便法を、日本の条件で実際に計算して検証します。結論を先に言うと、この簡便法は日本ではそのまま使えません。理由は本書が前提にしている債券の利回りにあります。
2026年8月15日の訂正: 公開時のシミュレーターは、投資信託の信託報酬(保有中ずっとかかる年間コスト)を計算に含めていませんでした。含めるように修正したため、本記事の資産額は公開時よりおおむね1〜2%下がっています。記事の結論は変わっていません。
2026年8月17日の更新: 先進国株式の想定リスク(値動きの荒さ)を、GPIF が公表している外国株式の推計値に合わせて 18.0%→20.35% に引き上げました。従来は期待リターンを GPIF の想定レンジの上寄りに置きながらリスクだけ小さく見積もっており、楽観が二重にかかっていたためです。本記事の数値もこれに合わせて更新されています(中央値は下がり、分布の幅は広がる方向)。結論は変わっていません。
ウォール街のランダム・ウォーカー〈原著第12版 株式投資の不滅の真理〉
A Random Walk Down Wall Street
| 著者 | バートン・マルキール |
|---|---|
| 訳者 | 井手 正介 |
| 出版社 | 日本経済新聞出版 |
| 発行 | 2019-07-23 |
| ページ数 | 512ページ |
| ISBN | 9784532358235 |
本書が50年言い続けていること
著者はプリンストン大学の経済学者で、インデックス・ファンドというコンセプトの生みの親のひとりです。本書の主張は初版から一貫しています。個々の銘柄を選んだりアクティブ投信を買ったりするより、幅広く分散したインデックスをただ持ち続けるほうが良い結果になる、と。
著者自身が本書の性格をこう要約しています。
実際、この本にもし副題をつけるとすれば、それは「ゆっくりと、しかし確実に金持ちになる本」というようなものであろう。
— 第1章
分厚い本ですが、構成は明快です。前半(第1〜4章)は歴史上のバブルを延々と並べます。チューリップ、南海会社、1929年、日本の土地バブル、ネットバブル、住宅バブル、仮想通貨。後半(第8〜11章)で現代ポートフォリオ理論・CAPM・行動ファイナンス・スマートベータを扱い、第12〜15章で実践編に入ります。
前半のバブル史は退屈な前置きに見えて、実は本書の土台です。「今回は違う」と思った人々が繰り返し同じ目に遭ってきた記録を積み上げたうえで、著者は市場に勝とうとすること自体を諦めさせにかかります。
まさにわらの山から一本の針を探し出すようなものだ。それより遥かに賢明な選択は、わらの山そのものをそっくり買うことだ。
— 第7章
日本の読者に刺さる第3章
第3章には日本のバブルが1節まるごと割かれています。1955年から90年に地価は約75倍、株価は100倍。1989年のピークで日本株の時価総額は世界の45%、アメリカの1.5倍に達し、平均PERは60倍でした(同時期の米国は15倍)。
そして日経平均は1989年の大納会でほぼ4万円をつけたあと、1992年8月には63%下回る1万4309円まで落ちます。本書が書かれた2018年時点でも2万1000円前後だった、と記されています。
金融市場の重力の法則に国境はないのだ。
— 第3章
外国人の著者が書いた本の中で、自国の話が「典型的なバブルの一例」として扱われているのを読むのは、日本の読者にとって独特の経験だと思います。
検証: 「債券比率=年齢」は日本でも使えるか
本書の実践編で最も有名なのが、第14章の年齢別アセットアロケーションです。著者は投資リスクが投資期間に依存すると論じたうえで、こう書きます。
投資対象を保有し続けられる期間が長ければ長いほど、ポートフォリオに占める株式の割合を高めるべきなのだ。
— 第14章
そして具体的な目安として、次の簡便法を挙げます。
その際、簡便法として、ポートフォリオに占める債券の組み入れ比率を自分の年齢と同程度にするのがよいのではないかと思う。
— 第14章
30歳なら債券30%・株式70%、60歳なら債券60%・株式40%。覚えやすく、実際よく引用されます。これを当サイトの想定値で計算してみます。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 毎月の積立額 | 3万円 |
| 積立期間 | 20年 |
| 配分 | 債券比率=年齢(30歳なら株70/債30) |
| 使用資産 | 先進国株式(期待7.0%・リスク20.35%)/ 国内債券(期待2.0%・リスク3.0%) |
| 口座 | 新NISA |
| 試行回数 | 1万回 |
2026年8月30日の訂正: 下の表の「期待リターン」は、これまで信託報酬を引く前の値でした。同じ表に並ぶ中央値・上位10%・下位10%はシミュレーターが信託報酬を引いて計算しているので、1つの表の中で定義が混ざっていました。控除後に揃えたため、期待リターンの行が0.07〜0.09ポイント下がっています。結論——「債券比率=年齢」をそのまま日本に持ち込むと著者の意図より保守的になる——は変わっていません。
結果は次の通りです。
| 20年後 | 30歳(株70/債30) | 45歳(株55/債45) | 60歳(株40/債60) |
|---|---|---|---|
| 期待リターン | 5.41% | 4.67% | 3.93% |
| リスク | 14.23% | 11.21% | 8.25% |
| 上位10% | 2,180万円 | 1,900万円 | 1,619万円 |
| 中央値 | 1,126万円 | 1,073万円 | 1,021万円 |
| 下位10% | 697万円 | 735万円 | 771万円 |
拠出額はどの年齢でも720万円で同じです。
交換比率を見る
30歳の配分から60歳の配分に移すと、中央値は105万円減ります。その代わり、悪いシナリオ(下位10%)は74万円改善します。
つまり諦める中央値のほうが、底上げされる下位10%より大きい。この交換比率をどう見るかが、この簡便法を採るかどうかの判断になります。「割に合わない」と読むこともできますが、そう単純でもありません。60歳の人にとって重要なのは期待値ではなく、取り崩しを始める直前に大きく減っていないことだからです。著者が言っているのもそこです。
高いリターンを得るための当然のコストは高いリスクをとることなのである。
— 第14章
自分の数字で試す
実験本文の数値は固定です。ここで変えても記事の結論は変わりません。「記事の前提」と「あなたの条件」を並べて表示します。
| 項目 | 記事の前提 | あなたの条件 |
|---|---|---|
| 株式の比率 | 70% | 70% |
| 期待リターン | 5.41% | 5.41% |
| 中央値 | 1,126万円 | 1,126万円 |
| 下位10% | 697万円 | 697万円 |
配分は「債券比率=年齢」の簡便法どおり(先進国株式と国内債券)。あなたの条件は 4,000 回の簡易計算のため、本文(1万回)と末尾がわずかにずれることがあります。
自分の年齢・積立額・期間で試せます(本文の数値は30歳・月3万円・20年のまま固定です)。
日本で使えない理由
ここからがこの検証の本題です。本書は第14章で、取り崩し期の目安として4%ルールを挙げ、その根拠をこう説明しています。株式が年平均約7%、債券が約4%で、50:50に持てば年平均5.5%になる。そこからインフレ1.5%を引いて4%だ、と。
問題は、この債券の約4%という前提です。これは米国債を前提にした数字です。同じ50:50を日本の国内債券で組むと、当サイトの想定値では期待リターンは4.43%にしかならず、本書が前提とする5.5%を下回ります。
この差は小さく見えて、簡便法の意味を変えてしまいます。本書が5.5%を得られると考えたのは50:50の配分で、簡便法に当てはめれば50歳の配分です。同じ5.5%を日本の想定値で得ようとすると、株式を72%まで上げることになります——簡便法でいえば28歳の配分です。年齢の目盛りが20歳以上ずれるということです。本書が30歳に勧める株式70%ですら、期待リターンは5.41%で5.5%に届きません。
したがって「債券比率=年齢」をそのまま日本に持ち込むと、著者が意図したよりも保守的な結果になります。 同じ数字の配分でも、中身の債券の利回りが違うからです。本書の簡便法を使うなら、年齢そのものではなく「著者が想定したリターン水準」のほうを基準に置き換えて考えるほうが、著者の意図には忠実だと思います。
本書自身、外挿への警告を書いています。
重要なことは、バック・ミラーだけを頼りに運転するのは危険だということだ。当分の間は比較的低リターンの時代が続きそうだ。
— 第13章
本書には、実はもう一つの推奨がある
ここまで「債券比率=年齢」という簡便法を検証してきましたが、本書の第14章にはもう一つ、 図2「ライフサイクルに応じたアセット・ミックス」 という具体的な配分の推奨が載っています。 そしてこれが、簡便法とかなり違います。
| 年代 | 株式 | 債券 | 不動産 | 現金 |
|---|---|---|---|---|
| 20代半ば | 70% | 15% | 10% | 5% |
| 30代後半〜40代初め | 65% | 20% | 10% | 5% |
| 50代半ば | 55% | 27.5% | 12.5% | 5% |
| 60代後半以降 | 40% | 35% | 15% | 10% |
注目すべきは60代後半以降です。「債券比率=年齢」に従えば65歳なら債券65%になりますが、 図2の債券は35%しかありません。残りは不動産15%と現金10%に振られていて、 株式は40%を保っています。
つまり本書の簡便法は「株式をどこまで減らすか」の目安であって、 減らした分をすべて債券に置け、とは言っていないわけです。ここは読み落としやすいところです。
この違いは日本の読者にとって実務的な意味を持ちます。先ほど見たように、日本の国内債券の 利回り前提では債券を厚くするほど期待リターンが落ちます。図2のように不動産(REIT)を 挟む構成なら、その落ち込みを一部埋められる可能性があります。本記事の検証は株式と国内債券の 2資産に単純化しているので、この点は検証できていません。
リバランスとドルコスト平均法
第14章にはもう2つ、実務的に効く節があります。
リバランスについては、2017年12月に終わる20年間で株式60/債券40を毎年末にリバランスした場合、無調整の年平均7.71%に対して7.83%に上がり、しかも標準偏差は下がったと報告しています。
投資家なら誰でも、間違うことなく「安く買って、高く売る」指令を出してくれる魔法使いがいたらいいなと願うだろう。そして規則正しいリバランス戦略こそ、その魔法使いなのだ。
— 第14章
ただしこれは「20年間に関しては」という期間限定の観測です。リバランスで確実に得られるのはリスクの低下であって、リターンの向上は期間に依存します。この点は当サイトのリバランスの解説でも扱っています。
ドルコスト平均法について、本書は誠実です。積立が有利になる仕組みを説明したうえで、右肩上がりの相場では一括投資のほうが良かった、と自分の試算例で認めています。
どんな相場環境下でも買い続けることによって初めて、あなたの平均購入単価が平均株価よりも低くなるのだ。
— 第14章
当サイトでも一括投資と毎月積立を比較する実験を行っており、期待値では一括が上回る一方で結果のばらつきは積立のほうが小さい、という同じ構図が出ています。
どんな人に向くか
512ページあり、投資の入門書としては重いです。ただ、通読しなくても価値が出る構成になっています。実践的な結論だけなら第12章(財産の健康管理のための一〇カ条)と第14章(ライフサイクルと投資戦略)の2章で足ります。理論に興味があれば第8〜11章、市場の歴史を知りたければ第2〜4章。
一冊で「なぜインデックスなのか」の理論・歴史・実践が揃うという点では、これ以上の本は少ないと思います。一方で、日本の制度(NISA・iDeCo)や日本で買える商品についての記述はないので、そこは別途補う必要があります。
本書第6章には、もう1つ検証したい主張があります。三〇年間の大きな上げ相場の九五%が、約七五〇〇取引日のうちたった九〇取引日に起こっていた、というものです。日単位の指数は当サイトでは扱えませんが、月単位に置き換えて米国株の実績で確かめた結果を別記事にまとめました。
- 【実験】「稲妻が輝く瞬間」は本当か — 米国株155年で、最も上がった月を逃してみる
この記事の限界
- 検証に使った期待リターン・リスクは当サイトの想定値であり、将来を保証するものではありません。国内債券2.0%という想定が変われば、上の議論の結論も変わります。
- 「債券比率=年齢」の検証は先進国株式と国内債券の2資産で行っています。本書の図2は不動産(REIT)と現金を含む4資産の配分を推奨しており、資産を増やせば結果は変わります。
- 積立期間を20年に固定して配分だけを比較しました。実際には年齢とともに残り期間も変わるので、この比較は配分の効果を取り出すための単純化です。
- 訳者あとがきにある日本市場・ROEについての議論は、訳者(井手正介氏)の見解であって著者の主張ではありません。この記事では扱っていません。
出典
- バートン・マルキール著、井手正介訳『ウォール街のランダム・ウォーカー〈原著第12版〉株式投資の不滅の真理』日本経済新聞出版、2019年7月23日、ISBN 9784532358235 — 本文中の引用・数値の出典(出版社の書籍ページ)
- 積立実験室 — 株式と債券の比率を変えて、この記事と同じ計算を自分の年齢で回せます
- 【実験】「稲妻が輝く瞬間」は本当か — 本書第6章の主張を米国株の実績で検証
- データの透明性レポート — 検証で使った期待リターン・リスク・相関係数(当サイト独自の想定値)とその根拠
- 積立実験室の計算方法 — モンテカルロ・シミュレーションの仕組み