テクニカル分析の教科書として最も広く読まれている本の一冊です。当サイトは長期の積立と分散を扱っていて、立場としては正反対にあります。
それでもこの本を取り上げるのは、本書の中に、当サイトの手持ちのデータで実際に確かめられる主張が1つあるからです。本書が株式の長期分析に挙げる「40週(200日)移動平均」を割ったら降りる、という規則。これを米国株の154.75年ぶんの実績に、実際に起きた順番のまま当てはめました。
結論を先に書きます。
- 売買コストと税を引く前は、この規則のほうが成績が良かった(年率7.91% 対 7.08%)
- 日本の税を入れると逆転して負けます(6.36%)。売却益にかかる20.315%が、年率にして1.55ポイントを持っていきました
- 一貫して良かったのは、リターンではなく下落の浅さのほうでした。最大ドローダウンは76.8%が47.38%になり、これは切り出したどの期間でも成り立ちました
マーケットのテクニカル分析〈トレード手法と売買指標の完全総合ガイド〉
Technical Analysis of the Financial Markets
| 著者 | ジョン・J・マーフィー |
|---|---|
| 訳者 | 田村 英基 |
| 監修 | 長尾 慎太郎 |
| 出版社 | パンローリング |
| 発行 | 2017-12-02 |
| ページ数 | 638ページ |
| ISBN | 9784775972267 |
本書が立っている場所
本書は冒頭で、テクニカル分析の前提を3つ挙げます。
市場の動きはすべてを織り込んでいる。
価格はトレンドを形成する。
歴史は繰り返す。
— 第1章
1つ目は、効率的市場仮説とよく似ています。値段にすべての情報が入っているのなら、値段だけ見ればいい、という主張だからです。分かれるのは2つ目で、本書はこう続けます。
形成され始めたトレンドは反転するよりも持続する可能性のほうが高いということだ。
— 第1章
過去の値動きから将来の値動きが少しでも読めるなら、市場は効率的ではありません。ここが、当サイトが前提に置いている考え方と正面からぶつかる点です。
もっとも本書は、この対立に決着がつくとは主張していません。
統計的な証拠から、ランダムウォーク理論を完璧に証明することも、完璧に反証することも難しいだろう。
— 第1章
本書は自分の適用範囲を、自分でかなり狭めています。 移動平均を扱う第9章では横ばい相場の多さを認め、
そして、ちゃぶついていたり、横ばいの期間は相場全体の3分の1から半分にも及ぶことがあるのだ。
— 第9章
システムトレードを扱う第15章では、他人の推計を引く形でこう書きます。
そのトレンドのある期間は、ワイルダー自身の推計でも全期間のわずか30%程度しかない。
— 第15章(ワイルダーの推計として紹介されているもので、本書が独自に測った数字ではありません)
過剰な作り込みにも否定的です。
しかし、出てきた証拠の大部分を見てみると、最適化は人が思うほど「聖杯」ではないことが分かる。
— 第9章
つまり本書は、「これで勝てる」と言い切る本ではありません。この率直さがあるので、書かれているとおりに回してみる価値があります。
なぜ月足で確かめられるのか
当サイトは日次の株価データを持っていません。無償で再配布できる日次の株価指数が、事実上存在しないためです。テクニカル指標の多くは日足を前提にしているので、本来なら追試できません。
ところが移動平均については、本書自身が月足での利用に言及しています。
株式市場のトレーダーは、50日(10週)の移動平均を信頼している。長期の株式市場分析で好まれる週足での移動平均は、30週と40週(200日)のものである。
— 第9章
チャネルブレイクアウトシステムは、トレンドのある市場では極めて良い成績を残すことができ、これは日足や週足や月足のチャートでも利用することができる。
— 第9章
40週はおよそ10カ月です。この読み替えは、こちらが勝手に持ち込んだものではありません。
ただし本書には、逆向きの但し書きもあります。
長期チャートはトレード目的で用いられるものではない。
— 第8章
本書の想定では、月足は環境認識に使うもので、仕掛けと手仕舞いは日足以下でやります。以下の検証は、その但し書きに反した使い方です。 そのうえで何が起きるかを見る、という位置づけで読んでください。
検証:10カ月移動平均を割ったら降りる
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 米国株(配当再投資・物価調整後・米ドル建て) |
| 期間 | 154.75年(1871年〜) |
| 売買の規則 | 月末の終値が10カ月移動平均を上回っていれば翌月は保有、下回っていれば翌月は現金 |
| 判定の時点 | その月末までに分かっている値だけで判定し、売買は翌月に効かせる |
| 現金 | 利息は付かないものとする |
| 売買コスト | 約定ごとに0.1% |
| 税 | 売却益に20.315%(損失は翌年以降の利益と相殺できるものとした) |
| 比較の相手 | 同じ月に同じ額を投じて、そのまま持ち続けた場合 |
| 期間 | 移動平均で降りる(コストも税も引く前) | 同(コストと税を引いたあと) | 買って持ち続ける |
|---|---|---|---|
| 全期間 | 7.91% | 6.36% | 7.08% |
| 1871〜1949年 | 7.58% | 6.07% | 6.31% |
| 1950〜1999年 | 8.67% | 7.00% | 8.83% |
| 2000年〜 | 7.37% | 5.92% | 5.98% |
コストも税も引く前で見ると、全期間では本書の規則のほうが年率で0.83ポイント勝っています。この結果自体は、こちらの予想と違いました。
ただし全期間の平均は「どの時代でもそうだった」を意味しません。1950〜1999年の50年間では、コストも税も引く前ですら負けています(8.67% 対 8.83%)。上げ続けた半世紀では、途中で降りることがそのまま取りこぼしになったからです。
一貫していたのは、下落の浅さのほう
リターンと違って、こちらは4つの期間すべてで同じ向きに出ました。全期間では最大ドローダウンが76.8%から47.38%へ、2000年以降では49.94%から18.86%へ浅くなっています。
理屈は単純で、この規則は相場に居る時間を減らすからです。全期間で相場に居たのは67.64%の月だけでした。リターンを増やす道具というより、下げに付き合う時間を減らす道具、というのがデータから見える姿です。
期間の取り方で結論が変わらないか
10カ月という数字は本書の40週から来ていますが、たまたまその値だけで成り立つ結果なら意味がありません。
6カ月から20カ月まで振っても、コストも税も引く前は買い持ちに勝ち、税を引くと負けるという関係は変わりませんでした。結論は特定の期間の選び方に寄りかかっていません。
日本の税を入れると逆転する
ここが、日本の読者にとって決定的な部分です。
本書には、税の話が一行も出てきません。 米国の先物トレーダーに向けて書かれた本なので当然ですが、日本で株式や投資信託を特定口座で売れば、利益の20.315%が引かれます。
この規則は全期間で225回の売買を出しました。往復に直すとおよそ1.38年に1回です。そのたびに利益が確定し、課税されます。結果として年率1.55ポイントが失われ、0.83ポイントの優位は消え、0.72ポイント負ける側に回りました。
買って持ち続ける側は、売らないかぎり課税されません。この非対称が、売買回数の多い戦略には効きます。
自分の数字で試す
実験本文の数値は固定です。ここで変えても記事の結論は変わりません。「記事の前提」と「あなたの条件」を並べて表示します。
| 項目 | 記事の前提 | あなたの条件 |
|---|---|---|
| 移動平均の期間 | 10カ月(本書の40週) | 10カ月 |
| 売却益への税 | 20.315% | 20.315% |
| 移動平均で降りる(年率) | 6.36% | 6.36% |
| 買って持ち続ける(年率) | 7.08% | 7.08% |
| 移動平均で降りる(最大ドローダウン) | 53.03% | 53.03% |
| 売買の回数 | 225回 | 225回 |
「記事の前提」の列は10カ月・税20.315%で固定です。縦の破線がいま選んでいる期間。年率は物価調整後・米ドル建てで、売買コストは約定ごとに0.1%としています。買って持ち続ける側は売らないので税がかかりません。
日本の読者が補って読むところ
NISA との相性が構造的に悪いという論点があります。新しいNISAの非課税枠は簿価残高で管理されていて、売った枠が使えるようになるのは翌年です。頻繁に降りて戻る戦略は、戻るときに枠が空いていないことがあります。年間の投資枠(つみたて120万円・成長投資枠240万円)を超える資産を動かそうとすれば、なおさらです。税を避けるためにNISAを使う、という抜け道は簡単には成立しません。
売買コストも、この検証では約定ごとに0.1%と置きました。本書が書かれた1999年の手数料水準はこれよりはるかに高いので、当時の読者が同じことをすれば結果はもっと悪くなります。仮定は本書に有利な側へ倒してあります。
監修者が冒頭で本書を否定している
日本語版には、少し変わった構造があります。監修者まえがきで、監修者自身がこう書いているのです。
だが、現代の知見に照らせば、残念ながらこれらの分析手法では、どれだけもっともらしい理屈をつけても未来の予測はできないことが分かっている。
— 監修者まえがき(監修者・長尾慎太郎氏の文章であり、著者マーフィーの主張ではありません)
テクニカル分析の代表的な教科書の冒頭に、この一文が置かれています。同じまえがきでは、より批判的な立場の本を読むことも勧められています。
この構図は、本書の読み方をよく表していると思います。 予測の道具として読むと外れる。市場の状態を整理する道具として読むなら残るものがある。今回の検証結果とも矛盾しません。当てにいったから勝ったのではなく、下げているあいだ居なかったから浅く済んだ、という結果でした。
どんな人に向くか
- チャートの用語を体系的に一度おさえたい人には向きます。400点を超える実例があり、教科書としての作りは丁寧です
- 長期の積立と分散でやっていく人が、手法を取り入れるために読む必要はありません。今回の検証でも、税を入れた時点で買い持ちに負けています
- 「テクニカル分析は非科学的だ」と切り捨てている人には、一度読む価値があります。本書は自分の限界をかなり率直に書いており、藁人形になっていない相手を知るのは有益です
この記事の限界
月次データの作られ方が、この検証に有利に働いている可能性があります。 当サイトが使っている月次の株価は、その月の日々の終値を平均したものです。平均を取ると値動きは滑らかになり、隣り合う月が似た方向を向きやすくなります。トレンドを追う戦略にとっては、これは追い風です。 日次の終値で同じことをすれば、この優位は縮む可能性があります。どれだけ縮むかは、日次データを持っていないので確かめられません。
現金の利息を0としています。 相場の外にいるあいだ、実際には短期金利が付きます。金利の高かった時代ほど、この仮定はこの規則に不利です。当サイトは短期金利の長期系列を持っていないため、置きようがありませんでした。
本書の想定した使い方ではありません。 前述のとおり、本書は月足をトレード目的に使うことを想定していません。ここで確かめたのは「本書のパラメータを月足に持ち込むとどうなるか」であって、本書の手法そのものの成績ではありません。
対象は米国株のみで、日本株や他の資産では確かめていません。また本書の数値・主張はすべて原著1999年版時点のもので、本文中の実例チャートは1998年前半までです。
出典
- ジョン・J・マーフィー著、長尾慎太郎監修、田村英基訳『マーケットのテクニカル分析 トレード手法と売買指標の完全総合ガイド』パンローリング、ISBN 9784775972267、638頁 — 本文中の引用の出典(出版社の書籍ページ)。原著は Technical Analysis of the Financial Markets(1999年)。発行日は奥付の2017年12月2日を採りました(出版社の公式ページの表記は「2017年11月発売」で、両者は一致しません)
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