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【書評】敗者のゲーム(チャールズ・エリス)— 「勝とうとしない」戦略をコスト30年で検証する

公開: 2026-08-03約9分

インデックス投資の古典として名前だけは知られている本です。ただ、この本の中身は「インデックスを買え」という結論よりも、なぜそれ以外の選択肢が構造的に不利なのかという論証のほうにあります。この記事では本書の論旨を追ったうえで、その中心にあるコストの主張を当サイトの計算で実際に確かめます。

敗者のゲーム原著第6版

Winning the Loser's Game

著者チャールズ・エリス
訳者鹿毛 雄二
出版社日本経済新聞出版
発行2015-01-27
ページ数264ページ
ISBN9784532356286

「敗者のゲーム」とは何のことか

タイトルは投資の話ではなく、テニスの話から来ています。著者はサイエンティストのサイモン・ラモによる分析を引きます。プロのテニスは打ち込んで得点する競技だが、アマチュアのテニスは違う。ミスによって点が動く。

プロは得点を勝ち取るのに対し、アマはミスによって得点を失う

— 第1章

エリスの主張は、運用の世界がこの「アマチュアのテニス」側に移ってしまったというものです。かつて市場参加者の多くが個人だった時代には、腕のいいプロが勝ちを取りにいけた。しかし市場が優秀なプロだらけになった今、彼らが相手にしているのは自分と同等の相手であり、勝敗を分けるのは自分のミス(=取引コスト、手数料、判断の誤り)のほうになった、と。

だから処方箋はこうなります。

市場を上回るという「敗者のゲーム」に勝つことは簡単である。そんなゲームに参加しないことだ。

— 終章

本書の骨格

本書の議論は、おおむね次の順で積み上がります。

  1. プロの大多数は長期では市場に負ける — 原著第6版が挙げる数字では、1年で約6割、10年で7割、20年で8割のマネジャーが市場平均を下回る(第1章)
  2. しかも事前に勝者を選べない — 過去の好成績が続く保証がない。50年間で常に市場平均を2%以上上回った投信は全体の2%にすぎない(第13章)
  3. その差を生んでいるのはコスト — アクティブ運用は市場に勝つ前に、まずコストを取り返さなければならない(第1章・第17章)
  4. したがってインデックス — 市場価格はプロ全体の判断の総和なので、それを買うことは彼ら全員を雇うのに等しい(第5章)

エリスはこの4番目について、バフェットの言葉を引いています。

(個人・機関投資家を問わず)ほとんどの投資家にとって、株を保有する最善の方法は、手数料の低いインデックス・ファンドに投資することである。

— 第5章(バフェットの発言としてエリスが引用)

検証: コストの差は30年で何を生むか

本書の議論のうち、当サイトの計算で最も素直に確かめられるのが3番目のコストです。エリスは第13章で、アクティブ投信の平均的な収益は「市場平均から約1.5%の手数料を差し引いたもの」になると書き、第5章ではインデックス・ファンドの運用報酬と管理費用を年0.1%程度としています。

そこで、市場の動きは同じ・積立額も同じで、保有コストだけが違う2本を30年持ち続けた場合を計算しました。

項目設定
毎月の積立額3万円
積立期間30年
コスト控除前の年率リターン6.0%
低コスト側年0.1%
高コスト側年1.5%
計算方法月複利・毎月末拠出

コストは「年率リターンからの差し引き」として扱っています。信託報酬が基準価額から日々引かれる実務の近似です。ここでは乱数を使わず、条件が同じなら誰が計算しても同じ答えになる形にしています。

資産額の推移(万円)

結果は次の通りです。

30年後コスト年0.1%コスト年1.5%
資産額2,871万円2,241万円
うち運用で増えた分1,791万円1,161万円

拠出した金額はどちらも1,080万円で同じです。それが630万円の差になりました。

この差額は、自分が30年かけて拠出した総額の58.3%にあたります。年あたりで見れば1.4%の違いでしかないものが、最終的な資産の21.9%を持っていく計算です。

自分の数字で試す

実験

本文の数値は固定です。ここで変えても記事の結論は変わりません。「記事の前提」と「あなたの条件」を並べて表示します。

3万円(前提)
30(前提)
1.5%(前提)
項目記事の前提あなたの条件
コスト年0.1%2,871万円2,871万円
コスト年1.5%2,241万円2,241万円
差額630万円630万円
(参考)拠出総額1,080万円1,080万円

コスト控除前の年率リターンは 6% で固定。決定論的な計算(月複利・毎月末拠出)なので、同じ条件なら何度計算しても同じ値になります。

積立額・期間・コスト率を自分の条件に置き換えて確かめられます(本文の数値は月3万円・30年・年1.5%のまま固定です)。

エリスの「手数料の見方」

本書がコストについて鋭いのは、金額の大きさよりも比率の取り方を問い直している点です。第17章でエリスはこう指摘します。手数料を「資産に対する比率」で見れば個人で1%強にすぎない。しかしそれは払う側の見方ではない。手数料はリターンを得るために払う対価なのだから、リターンに対する比率で見るべきだ、と。

年率リターンを8%と仮定すれば、資産比1%の手数料はリターン比では12%以上になります。さらにエリスは、市場平均を上回った分(リスク調整後の超過収益)に対する比率で計算すると、多くの投資信託では100%を超える——つまり上乗せで得られたはずのものを全部、あるいはそれ以上を手数料が持っていくと書いています。

上の計算はこの指摘を素直に裏づけています。差額の630万円は、拠出総額に対してではなく「運用で増えた分」に対して見ると、より重く効いていることが表から読み取れます。

リスクの定義を書き換える章

本書がインデックス推奨の本にとどまらないのは、後半でリスクの定義そのものを問い直すからです。エリスにとって、個人投資家にとっての本当のリスクは価格が上下することではありません。

つまり、個人投資家にとっての最大のリスクとは、相場の暴落ではなく、恐怖に駆られて相場の大底で保有株を投げ、その損失を確定してしまうことなのだ。

— 第19章

そしてもうひとつが、長い時間軸で効いてくる敵です。

インフレのすさまじい破壊力こそ、明らかに投資家にとって最悪の敵である。

— 第18章

年率2%のインフレが続けば購買力は36年で半減し、3%なら24年以内に半減する(第15章)。だから短期の値動きを避けて現金や債券に寄せることは、長期の投資家にとってはむしろリスクを取っていることになる——というのが本書の立場です。

エリスが挙げるインフレ調整後の超長期平均リターンの前提値は、株式4.5%・債券1.5%・短期国債1.25%(第18章)。名目のリターンで計画を立てると実態を大きく外すことになります。当サイトのライフプラン実験室にもインフレ率の設定があるので、名目と実質でどれだけ景色が変わるかは実際に動かして確かめられます。

こうした話の帰結として、本書の処方箋はかなり地味なものになります。

株価などは、四半期に一度見れば十分だ。

— 第4章

投資で成功するうえでの最大の課題は、頭を使うことではなく、感情をコントロールすることである。

— 第4章

日本の読者が補って読む必要のあるところ

本書は米国の個人投資家に向けて書かれています。読むうえで差し引きが必要な点を挙げます。

  • 税制と制度が違う。 本書に出てくるのは401(k)やIRAで、NISA・iDeCoに対応する記述はありません(訳注で「非課税投資口座(訳注:NISAなど)」と一言触れられるのみ)。本書のコスト論を日本で適用するなら、非課税枠の使い方という論点が別途必要です。当サイトの新NISAの解説税金20.315%の内訳が対応します。
  • 統計が原著第6版時点のもの。 邦訳は2015年1月、原著の権利表記は2013年です。本文中の「過去10年」はおおむね2010年代前半までを指します。現在値ではありません。
  • 想定リターンが米国市場を前提にしている。 本書の株式4.5%(実質)という前提値は米国株の超長期の歴史に基づくものです。日本の投資家が実際に買う先進国株式・全世界株式のポートフォリオにそのまま当てはまるとは限りません。

なお、上の検証で使った年率6.0%も、当サイトの想定値であって本書の数値ではありません。コストの差が生む影響を見ることが目的なので、この水準を変えても差の構造そのものは変わりません(what-ifボックスで確かめられます)。

どんな人に向くか

インデックス投資をすでに実践している人には、自分がやっていることの理屈を言語化してくれる本です。一方で、具体的な商品選びや口座開設の手順を期待すると肩透かしになります。本書が扱うのはもっと手前の、なぜその戦略が合理的かという部分です。

分量は264ページですが、章が短く区切られているので通読の負担は軽いほうです。もし時間がないなら、第1章(敗者のゲームの定義)、第5章(インデックスの論拠)、第17章(手数料の見方)、第18章(生涯の投資プラン)の4章だけでも本書の骨格はつかめます。

この記事の限界

  • 上の計算はコストだけを変えた比較です。実際のアクティブ・ファンドが市場平均と同じ値動きをするとは限らず、コストを上回る成績を出すファンドも存在します。本書の主張は「そういうファンドを事前に選べない」という点にあり、その部分は計算では検証できません。
  • 年率6.0%という前提は将来を保証しません。実際の市場がこの通りに動く根拠はどこにもありません。
  • 本書の数値は原著第6版時点のものであり、当サイトが独自に検証したものではありません。引用した数値は本書に書かれている通りに記載しています。

出典

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