バフェットが「これまでに読んだ投資関連のすべての本の中で、最高の一冊」と序文に書いた本です。ただし1972年の本で、個別銘柄の分析手法が大半を占めます。この記事では、インデックス積立をしている読者にも実行できる部分——具体的には第4章のリバランス規則——を取り出して、実際に30年回してみます。
賢明なる投資家〈割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法〉
The Intelligent Investor
| 著者 | ベンジャミン・グレアム |
|---|---|
| 訳者 | 増沢 和美、新美 美葉 |
| 監修 | 土光 篤洋 |
| 出版社 | パンローリング |
| 発行 | 2000-09-01 |
| ページ数 | 528ページ |
| ISBN | 9784939103292 |
まず版の話をさせてください
『賢明なる投資家』という書名の本は日本に複数あります。買い間違いが起きやすいので先に整理します。
- 本書(ウィザードブックシリーズ10、2000年)は、1972年の改訂第4版の全訳です。序文はバフェット。ジェイソン・ツバイクの注釈は入っていません。
- ツバイクが各章に現代の視点で注釈をつけた版は、『新賢明なる投資家』『新 賢明なる投資家【第3版】』として別に刊行されています。
初めて読むならツバイクの注釈付きのほうが親切です。1972年の米国市場を前提とした記述に、現代の解説が添えられるからです。この記事は注釈なしの本書を読んでいます。
投資と投機を定義で分ける
本書は冒頭から定義の話を始めます。
投資とは、詳細な分析に基づいたものであり、元本の安全性を守りつつ、かつ適正な収益を得るような行動を指す。そしてこの条件を満たさない売買を、投機的行動であるという。
— 第1章
著者はこの定義を1934年の『証券分析』以来38年間変えていない、と書きます。そして投機自体を否定はしません。否定するのは、両者を混ぜることです。
間違っても投資資金と投機資金を同じ口座で運用してはならないし、頭のなかで混同してもいけない。
— 第1章
ミスター・マーケット
本書で最も有名な比喩が第8章にあります。毎日あなたの持ち分の値段を告げに来る共同出資者、ミスター・マーケット。
彼の価値評価が、企業成長やあなた自身が考える将来性に見合っており、適切なものに思えるときもあるだろう。その反面、ミスター・マーケットはしばしば理性を失い、あなたには彼が常軌を逸した価格を提示しているように思えることもある。
— 第8章
要点は、彼の提示する価格があなたの持ち分の価値を決めるわけではないということです。取引したいときだけ利用すればいい。
真の投資家は自身の判断や意思に従い、日々の相場価格を利用して儲けようが、それを無視しようが構わない。
— 第8章
この章から出てくる行動指針は、身も蓋もないほど具体的です。
株価が大幅に上昇したすぐ後には絶対に株を買ってはならない。また、大幅に下落したすぐ後には絶対に売ってはならない
— 第8章
検証: 50:50に戻す規則を30年回す
さて本題です。本書の第4章には、実行可能な形で書かれた数少ない規則があります。
いずれにしても、債券と株式を半々で持つというポリシーを維持しながら、時によっては二五%から七五%の間で調整するというのが正しい方針である。
— 第1章
そして具体的な手順として、株式が55%まで増えたら株式の11分の1を売って債券に移し、45%まで減ったら債券の11分の1を売って株式に移す、と書かれています。
この「11分の1」は計算するときっかり50:50に戻す量です。資産100のうち株式が55なら、その11分の1は5。売れば50:50に戻ります。つまり本書の規則は「目標から5ポイントずれたら、ずれを全部戻す」と言い換えられます。
そこで、この規則を回した場合と、何もしなかった場合を比べました。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 毎月の積立額 | 3万円 |
| 積立期間 | 30年 |
| 目標配分 | 先進国株式50% / 国内債券50% |
| リバランス規則 | 年1回・目標から5ポイント乖離したら50:50に戻す |
| 口座 | 新NISA |
| 試行回数 | 1万回 |
結果です。拠出額はどちらも1,080万円で同じです。
| 30年後 | 何もしない | グレアムの規則 |
|---|---|---|
| 上位10% | 4,022万円 | 3,281万円 |
| 中央値 | 2,075万円 | 2,083万円 |
| 下位10% | 1,320万円 | 1,370万円 |
| 分布の幅 | 2,703万円 | 1,911万円 |
これはリターンを上げる装置ではない
中央値の差は7万円しかありません。 30年、毎年きちんと売買した結果がこれです。リバランスを「儲かる手法」として期待するなら、この結果は肩透かしでしょう。
効いているのは別のところです。分布の幅は792万円縮みました。 上位10%が削られ、下位10%が持ち上がっています。つまりリバランスは、結果のばらつきを抑える装置です。
これは本書の書きぶりとも一致します。著者はリバランスを収益向上の手法としてではなく、投資家が相場に振り回されないための仕組みとして紹介しています。
本当の投資家であれば、自分が群集とは全く逆の売買をしていると考えることに充足感を覚えるものなのである。
— 第8章
なぜ株式比率が上がったときに売るのか。上がったから売るのではなく、上がったことで自分が想定以上のリスクを負っているから戻す。そう考えると、中央値がほとんど動かないことは失敗ではありません。
自分の数字で試す
実験本文の数値は固定です。ここで変えても記事の結論は変わりません。「記事の前提」と「あなたの条件」を並べて表示します。
| 項目 | 記事の前提 | あなたの条件 |
|---|---|---|
| 中央値(放置) | 2,075万円 | 2,075万円 |
| 中央値(リバランス) | 2,083万円 | 2,083万円 |
| 分布の幅(放置) | 2,703万円 | 2,703万円 |
| 分布の幅(リバランス) | 1,911万円 | 1,911万円 |
株式比率のスライダーは、本書が許す25〜75%の範囲に合わせています。分布の幅は「上位10%−下位10%」。あなたの条件は 3,000 回の簡易計算のため、本文(1万回)と末尾がわずかにずれることがあります。
株式比率のスライダーは、本書が許す25〜75%の範囲に合わせてあります(本文の数値は株式50%・30年・月3万円のまま固定です)。株式比率を上げるほど、リバランスによる幅の縮小が大きくなることが確かめられます。
難しいのは規則ではなく実行
本書はこの規則について、正直な注釈をつけています。
こうした実行プランはとりたてて複雑なものではない。難しいのは計画を決めてそれを貫くことである。
— 第4章
上がっている資産を売り、下がっている資産を買う。理屈は明快ですが、人間の本能に反します。著者はエール大学が1937年から同様の方式を採用しながら1950年代初めに断念した例を挙げています。
上の計算が示すのは「この規則を30年守り続けたらこうなる」という結果であって、守り続けられるかどうかは別の問題です。当サイトの計算は、実行できなかった場合を表現できません。
リスクの定義について
もう一点、本書には現代の教科書と対立する記述があります。
善意の投資家は、保有株が値下がりしたからといってカネを失うわけではなく、ゆえに下落の可能性があるとしても真の損失リスクを負っているとはいえない
— 第5章
価格変動をリスクと呼ぶ数学的アプローチを、著者は「堅実な投資判断を行う上では実用的というよりは有害」と批判します。当サイトのシミュレーターは標準偏差でリスクを測っているので、この批判の対象に入ります。
同じ論点はハワード・マークスの書評で詳しく検証しました。そちらでは期待リターンを固定してリスクだけ上げると元本割れ確率がどう動くかを実測しています。
安全域
本書の結論は第20章にあります。堅実な投資の極意を3語で言えば「安全域」だ、と。
安全域は、常に支払う価格によって決まる。安全域とは、ある価格では大きく、それよりも高い価格では小さくなり、さらに高い価格では全く存在しなくなるものだ。
— 第20章
ここでの安全域の本質的な働きとは、正確な将来見積りを不必要とすることだ。
— 第20章
この2つ目の引用が本質だと思います。安全域とは、予測が外れても大丈夫なようにしておくことです。当サイトのシミュレーターが信頼区間を出しているのも、中央値を当てるためではなく、外れた場合の幅を見るためです。
そして本編は次の一文で閉じられます。
満足のいく投資結果を生むことは、多くの人々が思っているよりも簡単だ。ただし、それ以上の結果を成し遂げるのは、想像以上に困難なのである。
— 第20章
どんな人に向くか
528ページのうち、インデックス積立をする読者に直接関係するのは1〜5章、8章、20章くらいです。 残りは個別銘柄の財務分析と、1972年時点の米国企業の事例研究が占めます。
とはいえその6章分は読む価値があります。特に第8章(ミスター・マーケット)と第20章(安全域)は、バフェットが序文で名指しして「細心の注意をもって臨むように」と書いている章です。
一方で、次の点は差し引いて読む必要があります。
- 1972年の米国が前提です。債券利回り7.5%、米国の税制、当時の株価水準。日本の現在にそのまま持ち込める数字ではありません
- 7つの銘柄選択基準(第14章)は個別株投資家向けで、インデックス投資には使えません。著者自身、この基準を満たす5社の値動きがダウ平均より低調だったことを認め、「基準は価値ある買い物を『保証』するにすぎない」と書いています
- 訳文には原文ママの誤植がいくつかあります
この記事の限界
- 検証したのは本書の規則のうち資産配分とリバランスの部分だけです。本書の中心である個別銘柄のバリュー評価は、当サイトの道具では扱えません。
- 期待リターン・リスク・相関は当サイトの想定値であり、将来を保証しません。
- 先進国株式と国内債券の2資産で計算しています。本書は普通株と優良債券という括りで論じており、資産の中身が違います。
- リバランスの取引コストは当サイトの想定値(一律0.1%)を使っています。実際のコストは商品によって変わります。
- 規則を守り続けられるかどうかは計算に含まれていません。 本書が最も強調している論点がここなのは、皮肉なことです。
出典
- ベンジャミン・グレアム著、土光篤洋監修、増沢和美・新美美葉訳『賢明なる投資家 割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法』パンローリング、2000年9月1日、ISBN 9784939103292 — 本文中の引用の出典(出版社の書籍ページ)
- データの透明性レポート — 当サイトの想定値とその根拠
- リバランスはなぜ必要か — リバランスの仕組みの解説